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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)10138号 判決 1987年11月24日

原告

金平正紀

原告

株式会社協栄エンタープライズ

右代表者代表取締役

金平正紀

原告等訴訟代理人弁護士

鹿野啄見

佐藤篤輔

成海和正

被告

金本安男

右訴訟代理人弁護士

伊達秋雄

小谷野三郎

的場徹

主文

一  被告は、原告金平正紀に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五七年九月三日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告株式会社協栄エンタープライズに対し、金一〇万円及びこれに対する昭和五七年九月三日から支払済まで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告金平正紀に対し、金一〇〇〇万円、原告株式会社協栄エンタープライズに対し、金八八〇万円及びこれらに対する昭和五七年九月三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

(一) 原告株式会社協栄エンタープライズ(以下「原告会社」という。)は、ボクシング興行その他の営利事業を業とする法人であり、原告金平正紀(以下「原告金平」という。)は、原告会社の代表取締役である。

(二) 被告は、原告会社の元職員で、昭和五六年九月頃、原告会社を退職した者である。

2  被告の名誉毀損

(一) 被告は、株式会社講談社発行の週刊雑誌「週刊現代」昭和五七年五月二二日号(同月一五日発行)の三四頁ないし三九頁に「もう黙つていられない!前会長金平正紀の全陰謀を暴く」と題し、要旨次の①ないし⑤の内容の記事(記事の抜粋は別紙第一「名誉毀損箇所一覧表」のとおり)を執筆し、右雑誌が講談社の販売網を通じて全国頒布され、右記事内容が不特定多数者の目に触れる状態となつた。

① 原告金平は、自分のジムの選手を試合に勝たせるために日常的に審判買収工作をしており、世界Jフライ級チャンピオン渡嘉敷勝男のタイトル初防衛戦、ルペ・マデラとの試合(昭和五七年四月四日於仙台)では、レフェリー、ジャッジを一人当り三〇〇万円で買収して渡嘉敷を勝たせた。

② 原告金平は、昭和五六年六月二日の渡嘉敷対金龍鉉戦の三日前に薬物入りレモンを、前日には薬物入りオレンジを金に届けるなどの工作をして、渡嘉敷を勝たせるために不正な工作をした。

③ 原告金平は、具志堅への祝儀袋の中身を抜き取つた。

④ 原告金平は、具志堅の婚約者の根拠のないスキャンダルを匂わせ週刊誌の口封じをしているなどといつて具志堅の引退引き止め工作をした。

⑤ 原告金平の女性関係が乱れている。

(二) 損害

被告は、本件記事を執筆、公表することにより、原告金平の名誉を毀損するとともに原告金平が代表者となつている原告会社の信用を毀損し、原告らに著しい損害を与えた。

原告らの被つた損害に対する慰謝料は、原告会社について金三〇〇万円(信用毀損賠償金)、原告金平について金一〇〇〇万円(名誉毀損慰謝料)が相当である。

3  被告の業務上横領

被告は、原告会社の職員であつた昭和五四年三月から同五五年五月までの間、原告会社のボクシング興行切符の売上金債権取立・回収の業務を担当していたのを奇貨として、集金した売上金の一部を横領しようと企て、別紙第二「横領金額一覧表」記載のとおり、前後三回にわたり、五八〇万円を横領した。

その方法は、被告が切符購入者たる訴外株式会社博報堂(以下「博報堂」という。)から売上債権を振込送金の方法で集金するにあたり、あらかじめ原告会社に無断で開設しておいた被告名義の秘密預金口座に右売上金を振込ませ、もつて、原告会社のために業務上管理中の金員合計五八〇万円をほしいままに着服横領したものである。

右横領行為により、被告は、原告会社に同額の損害を与えた。

4  結語

よつて、原告会社は、被告に対し、不法行為に基づき、金八八〇万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五七年九月三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告金平は、被告に対し、同じく不法行為に基づき、金一〇〇〇万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五七年九月三日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2(一)の事実は認める。

2  同2(二)の事実は否認する。

3  同3の事実のうち、被告がかつて原告会社からボクシング興行切符の売上金債権回収を命じられ、これに従事していたこと、被告名義で開設した銀行口座に博報堂から主張のとおり支払金が振り込まれたこと、(但し別表第二の1の入金日は昭和五四年四月六日、同2の入金日は昭和五五年四月五日である。)は認め、その余の事実は否認する。

右の入金操作は、被告が原告金平及び原告会社の指示に従つて行つていたものであり、別表第二の1の二四〇万円は昭和五四年四月一二日に同3の四〇万円は昭和五五年六月一〇日に原告会社会計担当者に支払い、同2の三〇〇万円は同年四月七日に原告金平に交付している。なお、別表第二2の金員は切符の売上金ではなく広告企画料である。

4  同4は争う。

三  抗弁

以下の理由により、本件記事の執筆、公表は、違法性を欠くので、不法行為とはならない。すなわち、

1  公共の利害

プロボクシングは国民の間で最も人気の高い娯楽の一つであり、国民はプロボクシング界の動向とりわけ世界チャンピオンを産み出す世界選手権試合に強い関心を持つており、マスコミも試合の結果を大きく報道し、わが国から誕生した世界チャンピオンボクサーは国民的英雄として敬愛される傾向にあるから、世界選手権試合は私的団体の行う興行とはいえ、その公正な運営は公共の利害に関する事実であるとともに原告金平が五人の世界チャンピオンを産んだプロボクシング界における選手養成の第一人者であることや国民の間で「協栄ジムの金平会長」として親しまれていたことからすると、原告金平の公私の生活上の行状も、また公共の利害に関する事実といえる。

従つて、本件記事によつて摘示された事実は、いずれも公共の利害に関する事実というべきである。

2  公益目的

被告は、ボクシング界の浄化を図る目的で、自己の違法行為をも隠すことなく本件記事を執筆、公表したものである。

3  本件記事の内容はいずれも真実である。

4  本件記事のうち、①の事実が仮に真実でなかつたとしても、被告が本件記事の内容を真実と信じるについては次の事情などから相当な理由があつたものである。

(1) 昭和五七年四月四日、原告会社所属のWBA(世界ボクシング協会)ジュニア・フライ級チャンピオンの渡嘉敷勝男(日本)は、仙台市において、挑戦者ルペ・マデラ(パナマ)との間でタイトル初防衛戦(以下「本件試合」という。)を行い、苦戦の末二対一の判定で勝利を収めた。しかし、本件試合の判定結果に対しては、マスコミ報道、ボクシング関係者らから意外な判定であつたとの指摘がなされており、判定の公正さに疑いがもたれていた。

(2) 原告会社関係者の間で、右のような判定が下されるに至つた原因としてレフェリー、ジャッジの買収の事実が公然と指摘されており、被告自身の右試合結果に対する疑惑さらには被告がかつて原告金平の指示に従つて行なつた様々の審判買収工作(被告は、原告会社在職中、世界選手権試合に来日した外国人審判に対し、試合における有利な判定を期待して飲食等の接待贈物、特殊浴場での接待をした)の体験に基づき原告会社関係者から聞知した内容を真実と信じた。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一被告の名誉毀損について

1  請求原因1、2(一)の事実は当事者間に争いがない。

右記事のうち、①②の事実は、公正であるべきボクシング試合において、原告らが不正をなしたとするものであり、とりわけ②は犯罪行為(傷害罪)をも構成しかねない事実である。③④の事実は、原告らの原告会社所属のボクシング選手の身上財産管理が不適正であるとするものであり、とりわけ③は犯罪行為(横領罪)をも構成しかねない事実である。⑤の事実は原告金平の異性関係の醜聞に関する事実である。従つて被告が、これらの事実を公然摘示し、これによつて原告らの社会的評価を低下させ、その名誉、信用を低下させたことは明らかである。

2  ところで、公然と事実を摘示して人の名誉を毀損した場合であつても、当該行為が公共の利害に関する事実にかかり、もつぱら公益を図る目的に出た場合において、当該摘示事実が真実であることが証明されたときは、その行為は、違法性を欠いて不法行為にならないものというべきであり、また右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者において、その事実が真実であると信じ、しかもそのように信じるについて相当の理由があるときは、右行為には故意または過失がなく不法行為は成立しないものと解するのが相当である。

そこで、以下においては、被告による各記事の執筆・公表が右の要件に該当するか否かについて検討を加えることとする。

3  公共の利害に関する事実

公共の利害に関する事実とは、その事実を公衆に知らせ、その批判にさらすことが、公衆の利益増進に役立つと認められるものをいうところ、ボクシングは、現在その試合が新聞、テレビ等により全国に報道され、その試合が公正に行なわれるべきことはもちろん、ボクシング選手の適正な育成、管理も多数国民の期待するところであることは公知の事実であり、本件記事によつて摘示された事実のうち①ないし④の事実は、公正であるべきボクシング試合の運営ないしは適正であるべきボクシング選手の育成・管理に重大な係わりを持つ行為である(とりわけ②③は犯罪をも構成しかねない行為である)から、①ないし④の事実を公衆に知らせ、その批判にさらすことが、犯罪を正し、ボクシングの公正な発展につながり、公衆の利益増進に役立つものというべきであり、①ないし④の事実はいずれも公共の利害に関する事実と認められる。

これに対し、⑤の事実に関しては、専ら原告金平の私生活上の男女関係を興味本位に指摘するものにすぎず、ボクシングの性格や、原告金平の地位を考慮しても右事実の摘示は、公共の利害に関する事実の摘示とは認められず、その余を検討するまでもなく、この点に関する被告の抗弁は理由がない。

4  公益を図る目的

<証拠>によれば、被告は、原告会社の企業体質や原告金平の不正行為への批判、真相究明の世論に押され、ボクシング界の浄化を目的として、事実を明らかにしたことが認められる。もつとも<証拠>によれば、被告は具志堅用高の世界タイトルの喪失を契機とする原告金平との感情的対立から昭和五六年九月ころ原告会社を解雇されたことが認められ、本件記事の執筆、公表の動機に原告らに対する恨みがなかつたとはいいきれないとしても、これが主な動機であつたとする原告金平兼原告会社代表者(以下原告金平という。)の供述は直ちに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

従つて被告の本件記事の執筆公表は公益を図る目的でなされたというべきである。

5  真実性ないし真実と信じるについての相当性

(一)  ①の事実について

(1) 被告は、原告金平が渡嘉敷対マデラの試合(以下本件試合という。)に関し審判三人にそれぞれ三〇〇万円を渡して買収したことについては、被告は伊藤佑一からこれを聞知し、伊藤は淵脇から、淵脇は古口からこれを順次伝え聞いたものである旨供述し、証人伊藤佑一も、その伝聞の経路については若干異なるものがあるものの、右と同旨の供述をしているが、右各供述は、その供述自体からも明らかなごとく伝聞に係るものであつて、被告及び証人伊藤の直接の体験を述べたものではなく、さらに<証拠>によれば、伝聞の元である古口は右事実を否定する供述をしていることが認められるうえ、<証拠>によれば、買収されたとされる右試合の審判のエバ・シェイン及び同じくクリストボールが右買収の事実を否定している事実を合わせ考慮すると、被告及び証人伊藤佑一の前記供述はにわかには採用することができないといわざるを得ない。

もつとも、<証拠>によれば、他の試合において、原告金平は自己の支配下の選手に対する有利な取扱いを期待して、審判及びレフェリーに対して贈物をしたり、飲食の接待をしたりした事実があり、更に相手によつては特殊浴場での接待をしたりしたことも認められるところであるが、およそ買収行為は、相手にこれに応じる気持ちがあつて初めて具体化され成立するものであるから、他の試合において原告と審判等との間に癒着とも評されるべき行動があつたとしても、その事実は、審判を異にする本件試合において買収行為が行われたことの証拠とはならない。

そして、他に右の買収の事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、①の事実中、原告と審判等との間に癒着又はこれに類することがあつたとする部分は真実と認められるが、渡嘉敷対マデラの試合における買収に関する部分については、真実であることを認めるに足りないというべきである。

(2) ところで、被告は(イ)本件試合の判定結果の意外性、(ロ)右事実の情報源が内部の事情に詳しい者であること、(ハ)他試合における原告金平と審判の癒着の事実などから右買収の事実を真実と信じるについて相当な理由があつたと主張するので、以下順次検討する。

(イ) 判定結果の意外性について

<証拠>によれば、本件試合の判定結果に対するボクシング評論家及びマスコミの評価は、一方では判定結果に積極的に疑問を呈するものがあつたが、他方では判定結果を支持しつつ微妙な判定であつたことを指摘するものもあり、評価は総じて二つに分裂していたことが認められる。そしてこのように、分裂していたマスコミ報道等は、それだけでは本件試合の審判が買収されていたと推認するものとしては根拠薄弱であるから、これをもつて右買収行為が真実であると信じるにつき相当の理由があつたとすることもできない。

(ロ) 情報源の確実性について

右買収行為に関する被告の情報源が伊藤佑一であるところ、右伊藤の情報が伝聞に係るもので同人の直接体験した事実でないことは前記認定のとおりであるから、右情報はそれ自体確度の低いものであることは明らかであり、したがつて、被告においては右事実を直接見聞した者等に当たつて事実の確認を取るなど更に慎重な調査を尽くすべきであつたにもかかわらず、被告本人尋問の結果によれば被告はこれをしなかつたことが認められるから、以上の事実に照らすと、被告がこれを記事として執筆、公表したことは軽率のそしりを免れず、したがつてこれをもつて右買収行為が真実であると信じるにつき、相当な理由があつたとすることはできない。

(ハ) 原告金平と審判の癒着について

前記(1)で認定のとおり、他の試合の審判と原告金平が癒着していると評されるような関係にあつたとしても、審判を異にする本件試合において買収行為があつたことの証拠とはならないのであるから、被告が右買収行為を真実と信じたことにつき相当な理由があるとするには十分ではないというべきである。

(二)  ②の事実について

<証拠>によれば、②の事実は真実であると推認することができ、右認定に反する原告金平の本人尋問の結果は採用し難い。

(三)  ③の事実について

被告は③の事実は真実であると主張するが、被告本人尋問の結果中右主張に沿う部分は、反対趣旨の原告金平の本人尋問の結果が存在することに鑑み、にわかには採用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(四)  ④の事実について

④の事実が真実であるとの主張に沿う被告の供述は、反対趣旨の原告金平の本人尋問の結果に照らし、他にこれを裏付ける証拠がない以上、直ちには採用出来ない。

(五) 以上の次第で、被告の抗弁は、①のうち原告金平と審判の癒着の事実及び②の事実については理由があるが、その余の事実については理由がない。

そうすると、被告は①の事実中審判買収の事実、③及び④の事実の摘示により、原告らの名誉を毀損したことになるから、これによつて、原告らが被つた後記損害を賠償すべき義務がある。

6  損害

そこで、原告両名の被つた損害の程度について検討するに、被告が本件記事の中で、①の一部(本件試合における審判買収)の事実、③及び④の事実を公表することによつて、原告金平及び原告金平が代表取締役をしている原告会社の社会的信用に悪影響を及ぼしたことは否定できないが、被告が執筆・公表した本件手記の内容は、全くの事実無根のものではなく、原告金平と審判の癒着、原告金平の薬物投与といつた重要な部分で真実と合致する部分が含まれていたことは、前記認定のとおりであるうえ、<証拠>によれば、本件手記の公表前に、④の事実を除くその余の事実(ないしはこれに類する事実)が既に週刊誌、新聞等で報道され公表されていたことが認められる。すなわち、右証拠によれば、本件記事中薬物疑惑の点(②の事実)に関しては、昭和五七年三月、週刊誌、新聞等で大々的かつ詳細な報道がなされ、昭和五七年三月一八日には日本ボクシングコミッショナーの諮問機関であるボクシング健全化対策特別委員会によつて原告金平のライセンスの永久停止の答申がなされ、そのことも大々的に報道されたこと、また、審判の買収や癒着の点(①の事実)については、昭和五七年四月一五日付けの週刊新潮が、祝儀袋からの金銭抜取り等の点(③の事実)については同年四月八日付けの週刊文春が、いずれも本件手記の発表より先に指摘していることが認められ、右認定に反する証拠はない。これによれば、原告金平及び原告会社の社会的信用は、本件記事公表前にかなりの程度、既に失墜していたものと認めるのを妨げないから(薬物疑惑の一事だけでも原告らの社会的信用に与えた打撃は甚大なものがあつたと推認できる。)、原告らが本件手記によつて受けた打撃は、そのこと自体ではそれほど大きくないものということができる。

そうすると、これらの事情その他本件に現われた一切の事情を考慮すると、原告金平及び原告会社の被つた精神的あるいは信用についての不利益を慰藉するためには、原告金平につき金五〇万円、原告会社につき金一〇万円をもつてするのが相当である。

二被告の業務上横領について

1  被告が昭和五四、五五年当時原告会社に勤務し、原告会社のためにボクシング興行にかかる切符の売上金回収等の業務を担当していたこと、被告が三井銀行神保町支店に被告名義の普通預金口座(口座番号一六九五三五、以下本件預金口座という。)を開設していたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、

(一)  本件預金口座に、①昭和五四年四月六日博報堂から、原告会社が興行主の益戸企画から販売委任を受け、博報堂に販売した具志堅対ロペス戦(昭和五四年四月八日開催)の切符売上代金二四〇万円、②昭和五五年五月二〇日博報堂から、原告会社が興行主の南企画から販売委任を受け、博報堂に販売した具志堅対バルガス戦(昭和五五年六月一日開催)の切符売上代金四〇万円の各振込入金があつたこと(博報堂から右と同額の各金員が本件口座に振り込まれた事実は当事者間に争いがない。)、

(二)  本件預金口座に、昭和五五年四月五日、具志堅のコマーシャル出演料の一部三〇〇万円が博報堂から鈴木企画を介して入金されたこと(右と同額の金員が本件預金口座に入金された事実は当事者間に争いがない。)、

以上の事実を認めることができ、原告金平の本人尋問の結果中右(二)の金員が切符の売上代金である旨供述する部分は、前記認定事実に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  ところで、原告金平は、本件預金口座は被告が原告会社の売上金を横領するために原告会社には無断で開設したもので、被告はこの秘密預金口座に原告会社の取引先からの支払金を振込ませる方法により継続的に売上金を横領していたものであり、原告ら主張に係る前記の振込金等は被告の横領金の一部に過ぎない旨供述するのに対し、被告は、本件預金口座は原告らの裏金作りのために利用する目的で原告金平の指示の下に開設されたものであり、本件預金口座に入金された金員を被告において横領した事実はない旨供述してこれを争うので、以下この点につき検討する。

<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  原告金平は、興行主から販売の委託を受けたボクシング試合の切符を被告ら幹部社員に販売を任せ、その際個人名義で販売することも許容していたこと、ところで、原告金平は、右の切符の販売代金は原告会社に入金すべきものである旨供述しながら、他方においては、「被告の横領行為は昭和五三年ころから気付いていたが、被告もある程度小遣いがいるだろうと思つて大目にみていた。」とも供述しており、その会計処理は曖昧なまま推移してきていて、原告会社の経理担当者であつた栗原章光も切符販売代金に関する収支の実態を把握していない旨供述していること、

(二)  原告会社においては、従前から被告らの幹部社員名義の口座を使用して、取引先からの入金を受けていた事実があること、

(三)  博報堂社員桃井克雄は昭和五四年一、二月ころ、博報堂が原告会社から購入した切符代金の会計処理の方法につき原告会社の了承を求めるため、原告会社の事務所に出向いた際、たまたまそのときの切符代金の請求書が被告名義で発行されていたので、被告名義のままでよいのかと原告金平に確認したところ、原告金平はそれでよい旨返答していること、そこで、博報堂としては、請求書の記載に従つてその指示する送金先である被告個人名義の本件預金口座に送金したものであること、

(四)  昭和五四年五月から昭和五五年七月までの間に博報堂が原告会社関連のコマーシャル出演・切符購入等の取引に関して三二回にわたつて支払つた代金中、東海銀行池袋支店の原告会社名義の預金口座に振込まれた分は僅かに三回分だけであり、現金等により支払われた分を除くその余の二〇回分は何れも本件預金口座を含む他人名義の預金口座に振込まれていたのであり、その中には前記2(二)の三〇〇万円のように、少ないとはいえない金額のものもあつたのであるから、これらが期日までに入金されないときは、原告らにおいてすぐにも気付くのが通常であると考えられるのに、原告会社において支払いを受けていない旨の苦情は、博報堂には全くなかつたこと、

(五)  本件預金口座には、東京放送、博報堂等原告会社の取引先からの入金が反復継続して多数回にわたつてなされており、昭和五四年五月から昭和五五年七月までの間に博報堂が原告会社との間の取引に関して支払つた前記三二回の支払金中の一三回分(本件振込み分を含む)、金額にして約四分の一が本件預金口座に振込まれており、右のような本件預金口座の利用形態からすれば、原告らが本件預金口座の存在に全く気が付かないまま博報堂等との取引が継続していたとは考え難く、また、本件預金口座に入金された売上金のすべてが被告によつて横領されたとも断定し難いこと、

(六)  原告金平は、昭和五三年ころから被告の横領行為に気付いていたというのであるから、そうだとすれば、原告らにおいて何らかの防止措置を採つてしかるべきであるのに、そのような措置を講じた形跡はなく、また、昭和五六年に被告が退社した際には、原告金平と被告間の債権債務の清算が行われており、その結果、被告が原告金平に対し六〇〇万円の債務を負つていることを、原告金平は被告に確認させ、被告から担保まで徴求している位であるのに、その際も、切符の販売代金等については何らの清算も行われず、従つて、横領金の回収措置もなんら講じられていないこと、

以上の事実が認められ、<証拠>中、右認定に反する部分は、上記認定事実に照らして、採用できない。

以上認定したところによれば、本件預金口座は原告金平の指示の下に開設されたもので、かつ原告金平の管理下にあるものであるとの疑いが濃厚であるといわざるを得ないから、原告会社主張の金員が被告個人名義の本件預金口座に入金されたことの一事をもつてしては、これを被告が横領したものとは即断できないものといわざるを得ない。そして、他に原告会社主張の横領事実を認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、被告が売上金を横領したとする原告会社の主張は理由がない。

三結論

よつて、原告金平の本訴請求は金五〇万円及び右金員に対するする不法行為の後である昭和五七年九月三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、原告会社の本訴請求は金一〇万円及び右金員に対する不法行為の後である昭和五七年九月三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度でそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき民訴法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡辺剛男 裁判官松本史郎 裁判官猪俣和代)

別紙第一名誉毀損個所一覧表<省略>

別紙第二横領金額一覧表<省略>

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